ターナーと言えば、イギリスを代表する風景画家です。その「チチェスター運河」「解体のため錨泊地に向かう戦艦テメレール号」などの豪華な夕焼けが印象的ですが、じつは実際の風景を描いたものだった、ということはご存じでしたか？
ギリシャのアテネ気象台の方が調べたところ、なんと
インドネシアのタンボラ火山が大噴火したことによるエーロゾルの影響で、太陽光の中の波長の長い赤が映えるようになり、より赤い夕焼けになったということなのです。
これは、ターナーだけではなく、同時代の風景画に共通した特徴ということです。
普通に鑑賞しているだけでは、画家の心象風景だろうと思いがちですが、まさか同時代で並べてみると、こんなことも分かってしまうなんて！
やはり、画家もその時代の空気を吸って、その時代の風景を描いているわけですから、こうした地球規模の環境変化の影響を受けているわけですよね。
同様に、ムンクの「叫び」も、
クラカトア火山の噴火によって日没後の夕焼けが赤く輝いたことがヒントになっているのではないか？という説。
いやあ、絵の中から、こんなことも分かるんですね。展覧会でムンクや、この時代の夕焼けの絵があったら、ぜひウンチクとして披露してみてください。
閑話休題。
こうした「名作」の裏側に透けて見える地球環境史にフォーカスして書かれたのが、この「名作の中の地球環境史」です。
環境学者の石弘之さんが書いたものですが、中身は「環境」の話ではなく、文芸作品や芸術関係の話題も豊富。もともと新聞記者だった方なので、実に内容は知的な刺激に溢れています。単なるトリビア本ではありません。
古今東西の文学作品の背景を詳しく見てみると、地球環境の変化がベースとして見えてきます。上記のような火山噴火による風景の変化、気温が下がることで起きる、様々な問題。森林伐採や過度の開発によってもたらされる災害。
名作の世界には、文学者たちが込めた人間世界のドラマだけではなく、常に地球環境の大きな影響があった、という石さんの見方が非常に刺激的。謎解きのように明かされる環境問題。環境問題とは、最近始まったものではなく、人類の歴史と密接に関わってきたことなのですね。
ページを繰るのが勿体ないぐらいです。
扱われているのは
ユン・チアン「ワイルド・スワン」
宮沢賢治「グスコーブドリの伝記」
ジョン・スタインベック「怒りの葡萄」
老舎「駱駝祥子 らくだのシアンツ」
キャサリン・アン・ポーター「幻の馬 幻の騎手」
岸田国士「風邪一束」
ラケル・デ・ケイロス「旱魃」
ジョセフ・コンラッド「闇の奥」
イザベラ・バード「イザベラ・バードの日本紀行」
エドワード・モース「日本その日その日」
ルイス・キャロル「不思議の国のアリス」
グリム兄弟「グリム童話集」
ヘンリク・イプセン「ブラン」
ハーマン・メルヴィル「白鯨」
ヴィクトル・ユゴー「レ・ミゼラブル」
ジェーン・オースティン「エマ」
熊沢蕃山「大学或問」
トール・ヘイエルダール「アク・アク 孤島イースター島の秘密」
クリストーバル・コロン「コロンブス航海誌」
ハワード・バイル「ロビン・フッドのゆかいな冒険」
プラトン「クリティアス アトランティスの物語」
司馬遼太郎「街道をゆく７ 甲賀と伊賀のみち、砂鉄のみちほか」
モーセ「出エジプト記」
ギルガメッシュ「ギルガメッシュ叙事詩」
と、古今東西の名作ぞろい。
たとえば、
「不思議の国のアリス」の「いかれ帽子屋」は、なぜ「いかれているのか？」。
実は、水銀中毒だったんですね。
その当時の防止の原料になっていたフェルトを作る際に水銀を使うことから、それを吸い込む帽子屋の職業病として水銀中毒に罹患していたわけです。そして、話は水銀という有毒金属と人間の歴史に・・・と飛んでいく。
1本1本が読み応えのあるエッセイであり、この中の１冊でも読んだことのある方なら、「謎解き本」として読むのも良いでしょう。
今まで、こうした視点で、なぜ芸術作品を見てこなかったのかと目から鱗が落ちることを保証しますよ。
bk1
名作の中の地球環境史
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